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【第180回(2019/7/16)】「建築による都市の物語の編纂(キュレーション)~ 2000 年の素材の歴史から見る未来の建築生産の可能性 ~」

建築家フォーラム第180回でのゲストは入江経一氏。Architecture of the yearと松井源吾賞を受賞した熊本県の石打ダム資料館(1993年)、吉岡賞を受賞したW-House(1996年)などでも知られる。また、建築設計のほか、照明や家具などのプロダクトデザイン、書籍のディレクションなど多方面で活躍する建築家だ。

幹事の今川憲英氏は、今回のテーマについて「近年、日本の近代建築は文化的建築物を未来に伝えることが非常に困難になっている。そこで建築を個の視点ではなく都市や文化を編纂してゆく装置の一つとして考察し、建築界の《保存と再生》等が偏った状態で継続している点に注目する」と説明。

まず入江氏は「2015 都市の編纂プロジェクト」(神戸)で建築から都市へと拡張された視点を紹介。「歴史とは、事実や出来事の集積ではなく、のちの人々が”物語”として認識したもの」という歴史家ヘイドン・ホワイトの提示する「メタヒストリー」の考え方にインスパイアされて、神戸のまちづくりにその多様な物語の編纂という思想を投影させたと語る。

「個々の機能をもった建築の集積として、総体としての都市をとらえるのではなく、建築がそれぞれの物語を紡ぎ、都市とはそうした物語が更新され重層した動的な物語の生成装置だと考える。「メタヒストリー」のアイデアを建築と都市に変換してみようと考えた」と入江氏。都市全体のシナリオの中に各章として建築がある。そのような建築群による都市の編纂を考えたのだという。

「ただ、まちづくりを実践するのは自治体。個人が構想を練ってもなかなかそこから先にはつながりにくい。現実にコミットするために、素材の問題に踏み込もうと考えた」と入江氏。古代から現代へのコンクリートの歴史をひもといていった。

1923年につくられたイタリア・トリノのフィアットの工場(Lingotto)の、製造ラインがそのまま螺旋状の巨大なRC建築に変換された躍動感を語った入江氏は、そんなモダニズムが生まれる以前に立ち返って、産業革命後の1851年のロンドン万博における鉄骨とガラスの水晶宮、続く1855年パリ万博に出展された鉄筋網補強コンクリート製ボート、そして1867年にパリの庭師モニエによる鉄筋を格子状に配置した「モニエ式鉄筋コンクリート」の誕生までを語った。

20世紀に入ると産業とそれが要請する交通網の発達、増加する労働者の住宅と都市の発展で社会も都市も書き換わってゆく。「いまの都市の骨格ができた時代」と入江氏。時を同じくして世界の建築家の主張も賑やかになる。1928年の近代建築国際会議CIAMでは、ルイス・サリヴァン、ジークフリート・ギーディオン、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジエらが、都市と建築のあるべき姿について議論を重ねていた。

そんな近代の発生に対して素材と建築の歴史を重ね合わせながら、入江氏の考察は一気に時代をさかのぼる。今から2000年前の古代ローマだ。「古代ローマは都市建設の高い技術をもっていた。コロッセオはコンクリート構造の建築だった。ベスビオ火山の噴火で降り積もった灰ポッツオラーナを骨材に混ぜ込み、強度が高く水にも強いコンクリートを生み出していた」。その後中世になって建築への要求が代わり、彫刻などの装飾加工がしやすい石造がコンクリート造に取って代わるものの、ローマ時代のローマンコンクリートは今もなお注目を集めている。

ひるがえって日本ではどうか。「西洋では建築の文化的価値、歴史的価値などが判断基準となり、保存するかが判断される。しかし、日本ではそうした文化財への意識が薄い。解体された築地市場なども文化的価値の議論が十分に語られることなく解体されてしまった」。

築地市場の開設は1935年。「フィアットのLingotto工場と同じ時期。どちらも優れて合理主義、機能主義を体現した建築」と入江氏。築地市場では、船、鉄道、車が場内に乗り入れており、搬入・仲買・搬出のプロセスが動的に建築を構成している。入江氏が「スピードを反映させた建築」と評するフィアットの工場と重ね合わせるのもうなづける。

「現在はやみくもに効率やスピードを求める時代ではなくなっている。巡り巡って結局、かつての古代ローマが衰退した時とと同じような社会的変化が起きている。豊かな生活の反面、労働力、資源が不足し、既存産業の発展も減速している。」と入江氏。

20世紀は建築素材の主役はコンクリートだった。しかし環境問題、サステナビリティなど多くの点から時代は転換期を迎えて、現在の建築の世界では新たなコンクリート、新たな素材の探求が始まっている。ミラノ万博イタリア館の大理石を混入したコンクリート、超高強度コンクリート、自己修復コンクリート、さらにはCO2 で硬化させて成形する異形鋼棒を使用しない次世代のコンクリートiCO2(SiCO2+CO2:今川氏が開発中)など、コンクリートのイノベーションも盛んだ。もちろん工法についても3D プリンティングなどが実用化されようとしている。

「いま離散的に進んでいる様々な新技術は、やがて大きな目的に向けて収束していくだろう。」と入江氏は指摘する。それは、かつて入江氏が思い描いた神戸の都市計画のように、ひとつの物語へとたどりつくのかもしれない。

「20世紀の初めにモダニズムが世界中をつくりかえたように、今の時代はそれを超えるような世界の大きなうねりがある。建築や都市を語るとき、意匠だけにとどまらず建築を支える素材や技術のイノベーションに目を配りたい。私たちはこれから世界が変わっていく現場に立っているのだと思う」。入江氏はこのようにしめくくった。

 

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