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【第181回(2019/9/17)】「うごめくコンテクスト」

建築家フォーラム第181回に登壇の建築家、小林一行氏は日本とウガンダの2カ所に拠点を持ち、双方を行き来しながら活動をしている。事務所名、「テレイン・アーキテクツ/ TERRAIN architects」に使われた“テレイン”の由来に当たるフランス語のテロワール(Terroir)は、ぶどうや豆など素材•原料の種類だけでなく地理・地勢・気候によって生じたワインやコーヒーなどの特徴を指す。「建築も同様に、土地の個性と共に存在し時間をかけて醸成していくのではないかと考え、名称に取り入れました」と小林氏は話す。

大学、大学院を通じて通算15年ウガンダに通い、現在に至るが、大学時代の恩師であり当フォーラム幹事の手塚貴晴氏によれば、「帰って来るたびにレベルアップしている。当初は怪しげな住宅作品だったのが、次第に公共性の高い仕事へと進化し、今では現地のVIPと連携を取りつつある。朴訥にレンガを積んでいて偉いなと思っていたら、大化けしてしまった」という。2019年にはイスラム文化圏の建築に関する賞としては最も権威のある、アガ・カーン賞のファイナリストに選ばれるなど、国際的にも活躍が認められつつあるようだ。

彼の設計手法に共通しているのは、施工の技術も資材も、インフラも限りあるウガンダで、建築を成立させるために必要な技術や資材を見つけ出し、あるときはそれらの新たな使い方を見出して建築にまとめ上げていく点である。そのために、プロジェクトを走らせながら現地で職人の教育も伴うケースも少なくない。「入手可能なもの、人材を現地で実際に見てどう生かすか判断します。また、現場で臨機応変に変更も行います」と小林氏。

不均一なレンガの魅力を、教育施設の仕上げ、型枠として利用

その代表的な事例のひとつがウガンダの首都から車で約30分、赤道直下に位置する「AUドミトリー」だ。海外の大学へ進学を目指す、サブサハラアフリカ出身の学生たちが暮らす寄宿舎である。南北の開口部からビクトリア湖の影響を受けた風が通り抜けるよう、南北方向に細長い10本のグリッドを設けて、建物を構成した。結果、大きく6つの棟 (男・女別の寮棟、事務所、食堂、教室、ホール、宿直室) をつくり、間仕切り壁の位置を操作して、各スペースが孤立することなく緩やかに繋がるようにした。

Timothy Latim 撮影

Timothy Latim 撮影

建物全体の仕上げには、現地で最も手に入りやすい焼成レンガを採用した。現地の住民が手づくりする焼成レンガはサイズも強度も不均一なため、通常はモルタルやペンキを塗装するが、小林氏はその不均一さを魅力と捉え現しとしている。「とはいえ、施工に耐えうる質や色調を担保しなくてはなりません。現地の職人にレンガの良し悪しを伝え続け、最終的には理想的なレンガが継続して納入されるようになりました」。

小林氏はウガンダに通い始めた当初、わらと泥を使い自らの手でレンガをつくっていた。その経験が生きている。

足場材のユーカリを構造・仕上げ材にアレンジ

もうひとつは、やはりウガンダでつくった、近作の「やま仙/Yamasen Japanese Restaurant」である。日本食料理店とカフェ、ショップなどを併せ持つ、商業施設だ。敷地内にはなだらかな斜面があり、この高低差を生かして多数のアクティビティが生まれるような構成を検討。既存の5本のジャックフルーツなどの木を取り込みながら、現地の素材である茅葺きの大屋根を掛け、その下に複数の店が集まり、人が集うようなつくりとした。

Timothy Latim 撮影

ここで挑んだのは、主要な構造・仕上げとして、入手しやすいユーカリ材を使うこと。成長が早く安価なため、ウガンダではユーカリ材を主に足場材などとして使う。見た目の不均一さや、時間が経つとゆがむなどの扱いにくさから建材としては脇役として扱われることがほとんどだった。小林氏はこの材の含水率を調整することで、ゆがみを押さえ、安定した建材として活用に持ち込んだのだという。

構造は日本家屋のように、1本1本を組み立てていくのではない。小さいサイズのユーカリ材を組み合わせてボルトで固定し、同じ形のフレーム(ユニット)を16組つくり、これらをひとつひとつ人力で立ち上げていくというやり方だ。苦労が多かったが、数をこなすうち、うまくできるようになった。

ウガンダで活動してきた間に、小林氏は、現地で都市計画もないのに住宅があっという間に増える様子を目の当たりにし、一方、日本で起こった東日本大震災や経過を注視し続けた。そういった揺れ動く状況の中では建築家は何をすべきか、悩んだという。あるとき、オーストラリアの建築家、グレン・マーカットの「建築をつくることは、素晴らしい発見の過程なのだ」※という言葉に出会い、小林氏は今このような結論にたどり着いた。

「ウガンダで、日本からは想像もできないような特殊な建築のコンテクストをひとつひとつ掘り下げながら案件に取り組み、10年、20年、50年といった長期間に経験を積み重ねていくことで、うごめくコンテクストの中にこそ普遍的な法則を見つけられるのではないか、と思っています」

※ Glenn Murcutt, in Architecture Australia, May/June 2002

(構成・文/介川 亜紀)

 

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