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【第186回(2020/7/21)】「TOKYO2021」

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、2020年3月から開催を延期していた建築家フォーラム。再開となった今回の担当幹事は、藤村龍至氏だ。今回の企画について藤村氏は、「TOKYO2020(東京オリンピック・パラリンピック)が本来開幕するはずであった2020年7月の建築家フォーラムにふさわしい建築家は誰かと考えたとき、永山祐子さんのことが浮かんだ」と語る。

①藤元明「2021#New National Studium Japan」(2016/東京) 撮影:宮川貴光(https://www.tokyo2021.jp/より引用)

永山祐子氏(永山祐子建築設計主宰)は、昨年開催された「TOKYO2021」というアートイベントに企画アドバイザーとして参加。2020年に開催されるはずだった東京オリンピック・パラリンピックを前に、「建築」と「現代美術」のふたつの展覧会を通じ、「2021年以降を考える」ことに向き合った。イベントにおける建築展 課題「島京2021」では、藤村氏も同世代の建築家とともにメンバーとして加わっており、永山氏とともに東京の未来像について考察したという。

今回の講演では、まず永山氏のこれまでの取り組みの中で重要な位置を占める作品について言及。豊島横尾館(2013年)では、瀬戸内海の島で木造古民家をリノベーションし、横尾忠則氏の世界観を受け止めながら、「生と死」をテーマに、開口部の赤いガラスと黒いガラスというフィルターを通して絵画と親和性のある非日常的な空間をつくりあげた。

②女神の森セントラルガーデン(http://www.yukonagayama.co.jp/より引用)

また、女神の森セントラルガーデン(2016年)は山梨県小淵沢の森林と溶け込むように計画されたホールとカフェを備えた多目的施設。木屋旅館(2012年)は愛媛県宇和島市にある明治44年創業の老舗旅館のリノベーション。tonarie大和高田(2018年)は奈良県大和高田市の駅前にあるショッピングセンターのリニューアルプロジェクト。さらに2021年に延期されたドバイ万博の日本館パビリオン、2022年竣工予定の新宿・歌舞伎町の「新宿TOKYU MILANO」跡地に計画された超高層ビルのプロジェクト、高輪ゲートウェイ駅前のイベントスペースなどについても紹介された。

地方のリノベーションから海外のパビリオン、都心部の高層複合施設と振り幅の広い永山氏の仕事ぶりについて、藤村氏は「どの仕事も同じトーンで取り組んでいるのは驚異的」と評する。永山氏本人も「事案それぞれのシチュエーションは異なるが、いずれも私なりに課題を読み取り、問題解決しようとしている」と語る。

後半は、藤村氏と永山氏のトークセッション。藤村氏は「2020年は大きな節目の年になると思っていた。大阪万博のあった70年、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件、Windows95の登場など社会の変わる契機が続いた95年に続き、25年周期で変革が起きている。今年はこの先の25年後を考える時期なのでは」と切り出した。

これに対し、永山氏は「昨年のTOKYO2021のイベントでは、未来を想像することのは難しさに直面した」と答えた。「未来像は複雑なものの集合体で、ちっとも美しくはない。とてもリアルなものの塊。それを突き付けられたときにやっぱりそうかと。こんな簡単に解けるものではない。都市はそうしたものの総体。ひとつの大きな筆でばっと書くようには未来像は描けるものではない。でも、だからこそ面白いんだと実感した」

「25年先というととても遠い先のことと感じられるかもしれない。でも、結局は1日1日のつながりの延長線上にある。いま問題に感じていることは、25年先も存在し続けるはず。近場の問題に目を向けながら、それが25年先に解けるかどうか。足元からきちんと見つめていきたい」

「一見、とても複雑で大きな問題に見えても、実は因数分解していくと、ひとつひとつは小さな問題でとても単純なことであったりする。それを頑張って解いていけばつながっていくかもしれない。私たちがひとりずつ立ち向かっていけば、解がつながっていっていつか問題の山が崩れるかもしれない。だから、あきらめないでちょっとずつ小さな問題を解決していく」。

永山氏が自らのスタンスについて語った言葉は、私たちがこれから迎える「TOKYO2021」とその先の未来を示唆するようでもあった。

(構成・文/渡辺圭彦)

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