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【第172回(2018/10/23】東京都庭園美術館における文化財建造物と庭園の復原と活用」

建築家フォーラム第172回のテーマは「東京都庭園美術館における文化財建造物と庭園の復原と活用」。美術館の計画から今年の全館開館まで、一連の整備事業に9年間携わった設計チームの安東直氏(久米設計 常務執行役員 設計本部 副本部長兼設計長)に、その経緯や設計手法などについて語ってもらった。

東京都庭園美術館(東京都港区)の本館は、1933年に朝香宮邸として竣工。鉄筋コンクリート造2階建て(一部3階建て)の建物の設計は宮内省内匠寮で、内装の基本設計はフランスのインテリアデザイナー、アンリ・ラパンが担当している。正面玄関の女神像のガラスレリーフや大客室のシャンデリアなどはフランスの宝飾デザイナーでガラス工芸家でもあったルネ・ラリックの作品だ。20世紀初頭の日本のアール・デコ様式を代表する建築物として、1993年に東京都の有形文化財、2015年に国の重要文化財に指定されている。

1947年からは吉田茂によって外務大臣公邸として転用。1950年には西武鉄道に払い下げられ、1955年4月からは国賓・公賓来日の際の迎賓館として1974年まで使用された。その後、1981年12月に東京都に売却され、1983年に都立美術館の一つとして一般公開されることとなった。

2003年には耐震診断調査が実施された。躯体の鉄筋コンクリートは中性化が進んでおらず、壁量も十分にあるということで、耐震補強は不要と判断された。一方、迎賓館として使われていた時期に建てられた旧新館は耐震上問題があることが判明し、建て替えが決定。

安東氏を中心とする設計チームが庭園美術館の整備に着手したのは2009年のこと。以来、2018年春までかけて、本館の修復・復原と新館の設計、庭園、茶室、付属建物の復原と改修などに取り組んできた。「ひとつひとつの規模は小さいが、手間がかかり、細心の注意が求められる設計だった」と安東氏は振り返る。

計画の基となったのは、文化財保存計画協会による事前調査。文化的価値があり、保存すべき部位と、その必要のない部位とを判断し、分別していった。本館の修復・復原の基本方針は「創建当時の旧朝香宮邸のたたずまいを後世に残すこと」。これに基づき、本館では、設備の更新・改修、管理機能と空調熱源の新館への移設、バックヤードなど未公開部分の復原と公開などが主たる目的となった。

一方、建て替えることとなった新館では、美術館施設としての展示機能の充足、管理機能の集約、空調熱源の集約などが設計のテーマとなった。

設計上、課題となったのは、本館と新館を接続することによって、防火区画や内装制限などの現行の法規制が本館にまで遡及してしまうということだった。そうなれば文化財的価値を損なうことにもつながってしまう。設計チームは、東京都や港区にも働きかけ、協議。地方公共団体の指定文化財として、防火や構造安全性について建築審査会の同意を得て、建築基準法の遡及を回避する方法を選択することとなった。

新館の設計では、地下水脈による平面外形の規制(水脈保持のために杭を打てず既存躯体で直接支持)、日影規制による建物高さの規制、都市計画公園による地下の規制(都市公園の構造規制と直接基礎による荷重制限のため、S造で実施)などがあり、実質的にほぼ旧新館の輪郭内に建物をおさめることが求められた。

独特の存在感がある本館に対し、新館では抽象的な外観を提案。全面ガラス張りで庭園の景観を最大限に見せた。館内には2つの展示室を配置。「ニュートラルなホワイトキューブ」という要望にのっとり、シンプルでモダンな空間に仕上がった。

さらに「ただの単調な白い部屋ではなく、何かしらのニュアンス、質感のある展示室にしたかった」ということから、展示室の天井はS造ではなく、PCとし、かまぼこ型の円弧が連続するデザインに。光の反射で空間全体が均一に広がる空間となった。

一方、建物の高さの比率や外壁の色合いなどは本館に合わせた。本館との調和のための細かい配慮が施されている。今回の幹事を務めた安田幸一氏(東京工業大学教授/安田アトリエ主宰)は、新館について「近代建築でありながら、どこか懐古的な雰囲気を感じる。ディテールの繊細なフォルムが効果的。本館と並んでも違和感がない」と評した。

そのほか、庭園の整備、茶室の耐震補強、レストランの新設などを終え、2018年3月21日に庭園美術館はリニューアルオープンを果たすこととなった。

敷地内のすべての要素を考慮し、綿密に設計・施工を計画する。歴史を理解し、法規を解釈する。旧朝香宮邸のたたずまいを残しながらも新たな機能と魅力を付加するという、難しいプロジェクトを全うすべく、誠実にこつこつと積み上げた年月の尊さが伝わってくる講演だった。

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