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【第164回】「建築のこれから」

建築家フォーラム第164回は、シーラカンスアンドアソシエイツ(CAt)の活動において、故・小嶋一浩氏とともに中心的な役割を果たしてきた赤松佳珠子氏をゲストに迎えた。

前半は、CAtの近年の作品について施工例の写真とともに赤松氏に、その設計の意図や建築の経緯について語ってもらった。アストラムライン新白島駅、ISAK KAMIYAMA Academic Center + Residence 4、南方熊楠記念館新館、恵比寿SAビル、釜石市立釜石東中学校、鵜住居小学校、鵜住居幼稚園、釜石市鵜住居児童館、京都外国語大学新4号館、進行中の宮城県山元町役場新庁舎、渋谷駅南街区プロジェクト「渋谷ストリーム」など、その作品群の範囲は多岐にわたる。

こうしたCAtの一連の作品を踏まえ、後半では建築フォーラム代表幹事の古谷誠章氏と赤松氏のトークが展開された。

 古谷氏は赤松氏について、「小嶋氏の力強い理念を柔軟に受け止め、実現に導いてきた立役者」と表現する。赤松氏がCAtに入社したのは、設立から4年目の90年。97年に日本建築学会賞を受賞することになる千葉市立打瀬小学校のプロジェクトにも当初から関わっていたという。同小学校は教室を細かく仕切った従来型の学校とは異なり、空間を緩やかにゾーニングしたオープンスクールというスタイルを採用している。

 古谷氏はこの小学校を例にとり、小嶋氏にとって空間を「開く」「開いていく」という志向が設計手法の根幹にあるのではないか、と赤松氏に問いかけた。

 赤松氏によれば、計画当初から小学校のある幕張ベイタウン全体をただ人が寝起きする従来型の「団地」ではなく、人の営みが存在する「街」としてとらえ、小学校もその一部として街に開かれた場であるべきという考えがスタート地点となったという。

 学校建築を題材とした小嶋氏の著書「アクティビティを設計せよ!」(彰国社)では、「部屋」と「廊下」の集合ではない空間のつくり方の事例を集めることで新しい建築の組み立て方を模索している。古谷氏はこれに触れ、「定型化したものを定型化した場所で行うということではなく、人が何かをしている様子に触れて他の人が誘発され、さらに別のアクティビティが誘発されるという連鎖反応のようなものが意識されているのではないか。アクティビティの連鎖反応を起こすためには、人の動きが可視化されたり、その場に人の出入りが生まれるような刺激が必要で、そのためにも『開く』というコンセプトが基盤になったのではないか」と指摘した。

 これに対し、赤松氏は「空間がそこにいる人に何かを強制するような設計ではなく、人によって様々な行動を生むような小さなきっかけを散りばめることをスタッフの間で意識していた」と証言。そのときの気分によって居場所や行動に選択肢を持てる、そのような多様性が室内だけではなく、建物の外側にも持たせようとしていたという。それは、建物の内側と外側を等価に近づけていくことにもなった。「開く」という理念は、結果的に「いかに外とつなげるか」ということを意識することにもなるようだ。

 この「開く」という理念は、その後もCAtの作品にしばしば投影されている。これについて古谷氏は、京都外国語大学新4号館や宮城県山元町役場新庁舎などを例に挙げて、「最初は建築を街に開こうとしていたが、それでは物足りなくなって、建築の中に街をつくろうとしている。そのような印象を受けている」と論じた。

 都市の中には様々な場所がある。その多様性を建築の中で実現しようとし、さらにその面白さを建築の中だけにとどめず、街の人々も建築に引き込みたい。それは、都市の中で歩いている人がいれば車に乗る人もいて、光もあれば陰もある。静かな場もあれば賑やかな場もある。多様な空間の中に身を置ければ、人は多様な選択肢を持つことができて、心地いいのではないか。赤松氏はそのような認識を小嶋氏と共有していたと語った。

 こうした経緯を経て、建築単体ではなく周辺環境も含めて、「開く」という理念を共有していけるようなプロジェクトに取り組みたい、と話す赤松氏に、古谷氏は「日本というアイデンティティを再解釈した宿泊施設を手がけてはどうか」と提案。価値観や基本概念を急速に転換しつつある日本の姿をCAt流にいかにとらえ、「開く」建築をデザインするのか。古谷氏の提案は、CAtの答えがこれからの日本とこれからの建築のひとつの方向性を示唆するものになるかもしれない、という期待感を抱かせた。

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