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【第163回】「水族館建築の冒険」

この日のフォーラムに登壇したのは、建築家であり、大手組織系設計事務所・日本設計の執行役員フェローの篠崎淳氏。「虎ノ門ヒルズ」などの大型施設をはじめ学校建築など、手掛けた作品は多数に及ぶが、この日のテーマに選んだのは水族館の設計だ。水族館は作品群のうち、約1/3を占める。

日本では、前身に当たる施設が登場した1880年頃以降、水族館は年月とともに徐々に増え、戦後の高度経済成長期には全国的に広がっていった。オイルショック以降に大型化し、1980年以降に非日常体験をする場という位置づけができるなど、時代とともに少しずつ役割を変えてきたのだという。

 そういった中で、篠崎氏は、現在の水族館の展示空間が目指す姿を「Sense of wonder(忘れられない体験)」ととらえている。それはたとえば、ただ単に生物の不思議さを見せるのみでなく、そこから自然への神秘や畏敬の念のようなものを喚起できないか、という方向である。設計では、自然をまるごと建物に内包したり、あるときは来場者が自然と積極的に触れ合うようにしたり、また、普段は見られないような雄大な地形をジオラマにしてそこを歩いてもらうなど、いろいろな工夫で自然との共感を空間化する。「自然の縮図をつくるようなものかもしれない」と篠崎氏は話す。

 同時に、水族館には娯楽施設であるとともに、環境教育や貴重な種の保存といった役割を併せ持つことも重要だと述べた。その双方のバランスをうまくとり、館内に生物の生きる環境をつくりながら、来館者が楽しめる仕掛けをどうつくっていくのかが設計上もっとも苦労する点であり、醍醐味でもあるのだという。

 続けて、説明した要素が具現化された施設が紹介された。まずは、日本設計の水族館設計の出発点といえる、2000年竣工の「アクアマリンふくしま」(福島県いわき市)だ。この水族館には、「福島の自然をそのままパッケージする」という発想で挑んだ。巨大なガラスシェルターの建物の中に、福島の山から海中までを内包する。これまで蓄積してきた、建物緑化の技術を生かしている。山には現地で採取した植物や、地表の土を使用した。 内部には生態系の全く異なる、山から海辺を模した空間、親潮と黒潮それぞれを再現した大水槽が配されている。来場者は通路に沿って、その移り変わりを味わうのだ。今までわかりづらかった自然のありようをぎゅっと圧縮して、各場所の繋がりまで感じてもらいたいという意図がある。

 本館完成後、敷地内では、絶滅危惧種などの希少な植物を保存する「水生生物保存センター」を増設し、さらに田んぼや人工ビーチ、ランドスケープに合わせて子供体験館などをつくった。このようにして、本館では成しえなかった、子供たちと本物の自然と接触も実現させるようにした。

2018年6月にオープン予定の「上越市新水族博物館」(新潟県上越市)では、展示を含め建物全体から自然を体感できる。設計のコンセプトは「日本海の雄大なドラマを体感する、遊び・感じ・学ぶ環境水族博物館」。篠崎氏らが提案したのは、日本海の、大陸の移動の痕跡を感じさせるようなダイナミックな海底地形を建築化してしまおうというもの。来場者にはその中を巡り、自然の雄大さを感じてもらう。

 コンセプトに合わせれば、館内の大水槽の形も自然と複雑になる。そのため、海底のスキャンデータを基に、大水槽のコンクリートの躯体と配管設備、表層の擬岩を計画した。こういった複雑な形状を取り込むため、2次元の図面ではなく、3D モデリングやレンダリングのソフトウェアを活用している。一方で、大水槽は大工が型枠を精緻につくってコンクリートを流し込んだり、擬岩をFRPで形成する前に粘土で模型をつくって形を検証したりするなど、デジタルとアナログ双方の利点を生かして施工を進めてきた。

 また、大水槽では、水の流れまでもデザインする必要があった。よどみなく海水が循環して新鮮さを保つなど、生物に適切な環境を維持するだけでなく、水流に逆らって泳ぐ魚の習性を生かして、来場者が鑑賞しやすい位置に魚が分布するように工夫した。

一方、クラゲの展示で人気を博す「鶴岡市立加茂水族館」(山形県鶴岡市)では、大水槽の水流のデザインが設計上で大きな比重を占めたという。クラゲは自ら動けないため、水中で常に美しく舞い続けるには適切な水流が必要なのだ。設計チームはまずテスト用の水槽で水流をつくって、流れを手でトレースし、自らシミュレーションモデルをつくったうえで、吹き出し口などの水流の設備を検討した。

今後、篠崎氏らは「グリーンインフラの再構築」をベースに、都市建築を考えていくという。建築と自然の混成である、水族館の設計から得た知見を応用したいとする。

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