【第185回(2020/1/21)】「place of availability」
2020年最初の建築家フォーラム(1月21日)は、小堀哲夫氏が「place of availability」をテーマに自作を語った。
「place of availability」は近代建築の巨匠ルイス・カーンの言葉で、建築家の矢板久明氏がこれを「恩恵の場所」と訳したという。それが、小堀氏の心にとまった。岐阜県大垣市育ちの小堀氏にとってavailabilityの場所とは、子供の頃の遊び場だった四季折々に変化を見せる田んぼや、宮大工だった父が手掛けた自宅からほど近い寺などだった。「自分自身が何者であるかを問い、環境が語りかけてくる場を提供することが建築家の役割ではないか」と改めて感じたという。
小堀氏は、まず「ROKI Global Innovation Center-ROGIC-」(2013年、静岡県浜松市)の「amplifier place」について簡単に紹介した。
その後、「NICCA INNOVATION CENTRE」(2017年、福井市)の説明に移った。NICCA INNOVATION CENTREは、発注者から提示された「happy work place」というキーワードを出発点に誕生した建物だ。
特徴の1つは、研究者がその時々に合わせて自由に居場所を選べるオープンなワークプレイスを、緩やかに連続させた空間構成だ。閉鎖的な環境だった既存施設には、研究者たちが重用する共用の白テーブルがあちこちに置かれていたという。その白テーブルは単なる打ち合わせ用ではなく、多様な交流の場として活用されていた。そこに注目した小堀氏は、「何者にも寄らないニュートラルなスペースこそが交流の場となる」と考え、フリーアドレスの執務スペースと主動線を配した「コモン」を建物の中央に設けることで、研究者たちの自然な交流を促し、光と風が通り抜ける長時間過ごす気持ち良い執務スペースとした。それを取り囲むように、ガラスで仕切った実験室を並べている。
もう1つの特徴は、福井市という立地条件を踏まえた自然エネルギーの活用だ。日本海側に位置するため冬は晴れた日が少なく、明るさを求める声が多かった。そこで中央の吹き抜け空間をコンクリートのスリット天井で覆い、夏至は壁面だけに日が当たるように調整しつつ日射を取り入れた。光は熱も取り入れてしまうが、水が豊かな立地条件を生かしてコンクリートスリット部分に躯体輻射冷暖房を導入し光を冷やす試みをするなど、地域の特性を生かしながら省エネルギー化と室内環境の向上を両立させた。
最後に紹介した近作「梅光学院大学The Learning Station CROSSLIGHT」(2019年)では、「Active Learning Place」というコンセプトを基に、交流を生み出しつつ自発的な学びの場となる空間を目指した。雁行する平面には廊下がなく、セミクローズのホワイトボード壁で仕切ることで、すべてが教室となる。外部にも回遊動線を設け、襞構造によってあらゆる場が学生の居場所となっている。教室には365種類の椅子や小上がり式や床座など多彩な場を用意し、その時々で自由に選べるようにしている。
いずれの事例でも大胆な提案が実現したのは、例えば学生数の減少といった状況を眼前にした「発注者の危機感があったから」と小堀氏は分析する。現状の改革が不可欠と考え、「建築という環境で人々の意識を変えたい」と決意した思いを共有した発注者と巡り会えたことは幸運だったと振り返る。
同時に、発注者たちを納得させた小堀氏の提案が、徹底した事前調査や、計画の方向性を発展させていくワークショップ運営に裏打ちされたものである点も見逃せない。ワークショップは、できるだけ異なった立場の建物利用者に参加してもらって幅広い視点を取り込んでいくと共に、「現状への不満にとどまりがちな最大公約数を集約するのではなく、まず考え抜いた『問題作』を提示したうえで議論を深め、建築が常にインタラクティブな関係で変化していく」(小堀氏)。事前調査については、梅光学院大学の例が象徴的だ。キャンパスの既存施設の使用実態を調べて平均使用率が55%程度にとどまっている状況を把握し、研究者の個室の多くをフリーアドレス化して学生と空間をシェアする手法が効率的であることを示した。
「建築は本来、『SPACE』である以上に『PLACE』である」と小堀氏。「人間の活動が環境からトークバックされ、成長や気づきといった恩恵を受けることができる場「place of availability」が建築の本質の一つである」と締めくくった。
(守山 久子)