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【第182回(2019/10/15)】「しま・ひと・たから」

 2019年10月15日の第82回建築家フォーラムでは、アトリエ・天工人を主宰する建築家、山下保博氏が登場した。2015年以降、出身地の奄美大島で設計事務所やまちづくり・宿泊施設運営会社などを相次いで設立し、地域の再生に力を注ぐ。設計業務の枠を超えた活動を続ける山下氏が、「しま・ひと・たから」をテーマに自身の取り組みを語った。

 「以前は300軒の住宅を設計し、周囲からはとがった建築家と思われてきた。でも近年は、単体の建築だけでなく、まちづくりまで一緒にしていかければという意識が強くなっている」と山下氏は話す。

 話の中心になったのは、2016年から手掛ける「伝泊」だ。伝泊は奄美大島、加計呂麻島、徳之島の3島に点在する宿泊施設群。島に残る「伝統的・伝説的」な既存建物を改修した15棟のほか、地域交流拠点と高齢者施設を併設したホテル、ドミトリー、ビーチ沿いに新築したハイエンド手向けのヴィラ「伝泊 The Beachfront MIJORA」(2019年7月開業)の4タイプを展開する。

DenPaku The Beachfront MIJORA

DenPaku The Beachfront MIJORA

このうち伝統家屋を改修した15棟はキッチンなどを備え、1日1組に1棟貸しする。建物は、伝統的な高倉のある家や、映画「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の撮影で使われた家などいずれも個性的だ。サービス面では、島の人たちによるコンシェルジュや地元の祭りや飲み会への参加など、地域の人たちとの交流を積極的に取り入れている。プロジェクトのきっかけは、地域の人たちから空き家対策を相談されたことだった。山下氏は空き家の改修設計にとどまらず、株式会社「奄美イノベーション」を立ち上げて宿泊施設の運営へと踏み込んでいった。

DenPaku Lily’s House

DenPaku Takakura_traditional village dance

 2018年7月にオープンした「伝泊+まーぐん広場 赤木名」は、観光客と地域の人々との交流をさらに押し進めた施設といえる。閉店した地元スーパーを購入して改修し、宿泊、高齢者施設、カフェ・レストラン、子育て支援の学習・保育スペースなどを併せ持つ複合施設へと再生させた。

 これらの活動の背景には、九州大学大学院の客員教授として5年間続けた「高齢者、障がい者、観光客による町の活性化」の講義があった。リサーチ活動などを通して、人を主役に据えた福祉施設の運営者など多彩な人脈を築いた。現在は、奄美での取り組みを発展させる形で、平戸城(長崎県平戸市)を宿泊施設として活用する「城泊」のプロジェクトに参画する。このほか各地の地域おこしの支援、台湾との交流事業など活動の幅を広げている。

 山下氏は、建築家の多くが苦手そうに見える金融機関や大手企業との連携も上手だ。伝泊プロジェクトでは最初の2棟を山下氏が「自腹」で賄い、費用をできるだけ抑えて改修した。その経緯を見て、ある金融機関が3棟分を融資。さらにその後、別の金融機関が追加で20棟分の融資を認めてくれたという。城泊は、日本航空(JAL)、民泊などの運営や支援を行う百戦錬磨のグループ企業とコラボレーションしている。

 プロジェクトを実際に動かしていく肝はどこにあるか。山下氏の話を通して、その一端を垣間見ることができた。

(守山 久子)

Magun Plaza

Magun Restaurant

 

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