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【第176回(2019/3/19)】「豪邸を依頼される設計事務所に必要なこと」

モダンリビング誌の豪邸特集でしばしば登場する建築家−−。建築家フォーラムの講演者としては異色のタイプといえる森山善之氏(バラケッタ代表)が、第176回(2019年3月19日)に登場した。モダンリビング発行人の下田結花氏が、合いの手を入れる形で話を進めていった。

 防犯上の理由で外に閉じた住宅から、夜景を見ることに特化した独身男性の住まいまで、次々と紹介された住宅のライフスタイルや空間構成はそれぞれ異なる。一方で共通するのは、その規模の大きさだ。工事費が億単位、床面積が数百坪(m2ではない)という住宅は当たり前。森山氏の下、10人のスタッフが20件ほどの設計を手掛けている。

「多くの建て主は互いに知り合いなので、常に顧客満足度が高い状態にしておかないと仕事が来なくなるという恐怖がある。顧客満足度を高めるために、設計が寄与するのは3割程度。残りは施工のクオリティや、温熱環境・耐久性といった基本的な住宅性能を確保することが大切で、もし問題が生じた場合には24時間対応できるようにしている」と森山氏は話す。

 とはいえ設計事務所が24時間対応するのは難しく、水漏れなどのトラブルを防いでクレーム自体を発生させないようにすることが重要になる。バラケッタはこの10年、詳細図を施工図レベルの精度で描き、施工の質を高めてきた。佐藤秀や水澤工務店など長く付き合っている優秀な施工者から図面のチェックバックを受けて随時納まりを改善し、その内容は標準仕様として事務所で共有する。

 森山氏にとって図面に責任を持つとは、「何らかの間違いが起きた場合は設計事務所で改善する費用を負担する覚悟を持つこと」でもある。これまでには、集合住宅でドアスコープの高さを間違えたため全50戸のやり替えを負担した例もあるという。

 またバラケッタでは、それぞれの建て主らしい家を生み出し、満足度を高めるために、内装仕上げ、アート、家具、植栽などを建て主自身に選んでもらっている。前提は、しっかりした空間の骨格を提供していることと、豪邸の建て主は良い空間を体験しているので基本的に見る目が備わっていること。そのうえで、アートや家具と空間が高いレベルで調和するようなサポートに注力する。30分の1の模型を毎回10個は作成し、現場でも原寸大の模型を置くなどして空間との関係を何度も確認していく。ときには購入候補のアートを複数現場に持ち込んで、気に入ったものを選んでもらう。

 じっくりと時間をかけて検討する過程では、家具やアート、スタイリングの専門家との協業も欠かせない。日常的に彼らと交流するため、バラケッタは事務所内で週1回のランチ会を開いている。年末のクリスマスパーティーでは、170人もの客が立錐の余地もない状態で親交を深める。忙しい業務のかたわら、事務所スタッフが調理や配膳、片付けをすべて分担する。「住宅設計は究極のサービス業」(森山氏)だからこそ、これらの準備は、先回りしてお客の求めることを予想し、対応していく訓練につながる。

 豪邸という側面につい目を奪われそうになるが、その仕事を支えているのは「見事な経営者」(司会を務めた幹事の国広ジョージ氏)としての手腕だ。

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