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【第174回(2018/12/18)】「人の気配をまとった建築」

御手洗龍氏は、伊東豊雄建築設計事務所から独立して約6年になる。この日の講演は、独立後の活動についての総括にも当たる。「人の気配をまとった建築」と題し、“気配を感じ取る新しい身体”、“気配を引き出す新しいインフラストラクチャー”、“気配を促す動きを持ったかたち”、“まちをネットワークする人の気配”という4つの小題にまとめて話を進めた。「人の気配を感じ取れること、また、それがまちにちゃんと展開することを考えながら、建築をつくっていきたいのです」と彼は言う。

“気配を感じ取る新しい身体”として御手洗氏が挙げたのは、インターネットをテーマとした作品だ。まちづくりのシンポジウムで提案した「道の図書館」である。彼が大学に入学した1997年以降、インターネットの人口に対する普及率が飛躍的に高まり、2004年までに66%に至ったという。そのころ彼はさまざまな情報がインターネット空間に放り出されて漂っているイメージを持ち、あるとき個人がある事象に着目した瞬間に情報がネットワーキングされていくことに興味を持ったという。道の図書館には、その興味が反映された。

オープンなデジタルカフェライブラリーで、樹皮で覆われたままの木が林立し、薄い屋根を支えている。半屋外の状態だ。それぞれの木にアイビーコンシステムが仕込まれ、近づくだけでタブレットに情報を受け取れる。つまり、わずかなスペースであっても膨大な量の本の情報をストックでき、この施設を点在させることでまち全体が巨大な図書館化するというものだった。

2つめの“気配を引き出す新しいインフラストラクチャー”として紹介した作品には、愛媛県西条市で計画中の「ミズニワ」がある。日本のベネチアともよばれる、水の豊かなまちでの住宅群の計画だ。彼は地域開発計画のマスタープランの中で、100棟建てられる住宅のうち10棟を担当している。住宅を群としてとらえ、道路をミズニワと呼ばれる庭に転換して、界隈を形成するという提案を行った。「西条を歩いていると、必ずどこからか水の音が聞こえ、その音をたどると必ず人がいた気配が残っている。その魅力を生かして水と共に生きるまちの未来を描きたいと思ったのが、この提案のきっかけです」。

3つめの“気配を促す動きを持ったかたち”とは、能動性を引き出す建築のかたちを意味している。「動きたくなるかたちや、自分の場所を探したくなるかたちなどもある。それによって周囲とのつながりが生まれ、建築が人の気配をまとって開かれる。最終的には地域らしさがつくられまちを元気にするのではないでしょうか」。

ここで紹介したのは、1階を店舗、2~4階が個人住宅の4層の建物「Stir」だ。限られた床面積の中で、1階の屋外から各層、屋上までを緩やかならせん階段が貫き、内外部の環境を融合していくことを試みている。

最後の“まちをネットワークする人の気配”では、草加市の草加松原団地で現在計画進行中の「松原児童センター+テニスコート」を例に挙げた。プロポーザルで選定された御手洗氏の案だ。

草加松原団地は1962年に入居が始まった、当時は東洋一と言われたマンモス団地だった。多くの人が憧れたものの、老朽化が進み、現在では順次建て替えが進んでいる。そのような状況の中で、まちづくりの拠点として新たに求められたのが児童センターだった。御手洗氏はその課題に対して、ボールト屋根の建物を敷地に連続させセンター全体を構成するという案を示した。敷地の中央に各建物から子どもたちが集まる庭を設けたり、内外をなるべく一体化するために軒下と縁側を全体につくるなどの仕掛けを盛り込んでいる。

「ボールトの屋根を一体的につなぎ、表裏をなくして庭と建物を巡りたくなるようなセンターです。子どもたちが“ここに住んだ”という原風景を一緒につくりたい、という想いで設計に取り組みました」

聞き手であり、当フォーラムの代表幹事の古谷誠章は次のように締めくくった。「敷地を見たときも、図面を描いたときも、模型をつくっているときも、恐らく御手洗さんにはそこを動いている人の気配が見えているのでしょう。動いていく人の気配を頼りとして建築を組み立てていくという方法論が感じられます。小さな住宅から、大きな公共建築まで、それは一貫しているのですね」

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