【第168回(2018/5/15)】「MINIMAL is MAXIMAL」
「建築家フォーラム第168回のテーマは「MINIMAL is MAXIMAL」。広島を拠点としながら東京にも事務所を開設し、国際的な活動をしている建築家の小川晋一氏が講演を行った。
小川氏は、幾何学的かつ直線美豊かなホワイトボックスをベースとした作風で、モダニズムを意識させるドラマチックな建築の数々を世に送り出してきた。講演では、600枚以上にも及ぶ実例写真をふんだんに提示しながら、主要な作品事例を紹介。1995年のIsobe Studio & Residence(山口県)を皮切りに、2002年のABSTRUCT HOUSE(広島県)、104X(山口県)、2004年のCOURT HOUSE(埼玉県)、LOFT HOUSE(愛知県)、2005年のHORIZON HOUSE(静岡県)、さらに2012年の150M WEEKEND HOUSE(タイ)、MINIMALIST HOUSE(沖縄県)など、いずれも印象的な建築ばかりだ。
幹事の国広ジョージ氏は、これら小川氏の作品について「外部空間と内部空間の明確な対話で構成されている。例えば周囲の景観を室内に取り込み、その解放感が内部空間を超越させるが如く無限な次元へ性質転換させていく。そして周囲の地形に馴染む水平性により、強い建築でありながら、敷地の場所性と協調して存在するハーモニーを醸し出す」と評する。
表題となった「MINIMAL is MAXIMAL」は、小川氏の設計作法の根幹を表すフレーズだ。直訳すれば「最小限は最大限を内包する」。人間はストイックなだけでは生きていけない。音楽にしろ、衣服にしろ、食事にしろ、必要最低限のものだけではなく、ときどきに応じて多種多様な選択肢を持つことを願うものだ。
小川氏によれば「空間も同じこと」。画一的な空間だけでは飽きてしまう。つくりこんだ空間には変化が生まれないが、最小限の線だけで構成されたシンプルな白い空間であれば、家具を持ち込んだりするなどそこに暮らす人の手によってどのようにでも変えることができる。「ミニマルとマキシマルを横断しながら、どちらの生活も供用できるような空間がいいと思っている」と小川氏。
後半では、小川氏の作品事例を踏まえて国広氏から「バルコニーや庭、水盤など屋外部分に多くの面積と予算がかけられている」ことが指摘され、その理由が問われた。小川氏は、「人はひとつのスタイル、単調な空間では生きづらいものだ。多様な空間を供用するためにもなるべく大きなボリュームを確保したい。屋外を取り込むのもそれが理由だ」と回答。敷地が狭小であったり、住宅密集地で景観が望めないときは、遮蔽性の高い中庭などを設けて室内の広がりを演出するという。
また室内ではコンセントやスイッチのプレート、ダウンライトなどはオリジナルデザインの製品をオーダーすることが多い。これは室内空間で製品のフォルムを目立たないようにするためだ。
色を多く使ったり、建材等が雑然としていると、空間そのものの主張が強くなる。あまりにもデザインしすぎると風化してしまいかねない。窓から取り込んだ水平線に溶け込むような空間を目指す。「タイムレスな空間、時間で淘汰されない空間をつくりたい」というのが小川氏の考え方だ。
そんな小川氏はミース・ファン・デル・ローエやルイス・カーンのような「造形をつくるのではなく、空間をつくる建築家」が好きなのだという。「とくにカーンの力強い、空間が語るような作風がいい」と語る。
1985年に事務所を開設したときは、ポストモダニズム全盛。空間を重視する小川氏は当時のシーンとは一線を画して、意識的にデザイン性が過剰にならないように心がけてきた。
「ありがたいことにクライアントにはリピーターが多い」と小川氏は笑う。
作品事例にはスタイリッシュなビジュアルイメージがある。しかし、人の暮らしの多様性をおおらかに包み込む懐の深さもまた小川氏の建築の魅力のひとつなのかもしれない。