【第167回】「物語的エコロジー」
2018年4月17日の第167回建築家フォーラムは、若手建築家の能作文徳・東京電機大学建築学科准教授が登壇した。能作氏の建築について、企画者の安田幸一氏は「抽象と具象のちょうどよいバランスの中でできている」と評する。「物語的エコロジー」という講演テーマは、モノにこだわりつつ、素材の源流にまで思いを馳せる氏の考え方を示したものと言える。
能作氏は5つのプロジェクトを通して建築に対する自身の思考をたどった。これらに共通するのは、地域の資源や既存の建物に意識を置きながら設計を進める態度だ。
弟の能作淳平氏(建築家フォーラム第165回に登場)と共に手がけた「高岡のゲストハウス」では、かつて住んでいた実家を解体・修繕しつつ、屋根を移設することで中庭を囲む3つの棟に組み替えた。祖母のための住まいのほか、ゲストルームとして用いる食堂と宿泊室を用意。母屋に架かっていた寄棟屋根をチェーンソーで切り取り、クレーンで吊って新しい棟に載せ、既存の瓦を葺き直すなど、敷地にある躯体や部材をできるかぎり再利用した。
長野県大町の「オチコチ・ヴィレッジ」も、築70年の家屋をゲストハウスとして再生するプロジェクトだ。断熱化といった性能面の向上に加え、ブログで探して砕石場から廃棄される予定だった諏訪地方の鉄平石を貰い受けて、床に用いるなどの工夫を施した。
フィリピンのマニラで手掛けたパフォーマンスアートのための野外劇場「BAMBOO THEATER」では、地域で使われている素材を活用している。農機具や農家小屋などによく使われている竹を利用した単純な三角形の架構に、市場で見つけたカラフルな米袋を屋根材として葺いた。竹の柱は、コンクリートでつくった筒に足元を埋め込んだうえ接地させた。こうした発想は、「私たちと同じ米食文化をベースにした資源のネットワークを活かせないか」(能作氏)という視点から生まれた。
自宅兼事務所の「西大井のあな」は、パートナーの常山未央氏(mnm)との共作になる。あえて新築という方法は選ばず、バブル期に建てられた黄色い中古ビルを購入してリノベーションした。1階を事務所、3・4階を自宅に使い、2階を宿泊などに使える貸し室として想定。一部の床を解体して上下方向にあなを開け、暮らしながら少しずつDIYで室内を仕上げていく。工事中さながらの
居住空間を許容する一方で、断熱処理や屋上の集熱パネルを利用した暖房システムの採用など、快適性を確保するための仕込みは怠っていない。
瀬戸内海の小島では、東京工業大の川島範久氏とともに「男木島エコロジカルフロー」というプロジェクトを手掛ける。島で実施したリサーチを基に、古い納屋などを活用して風呂をつくってく計画だ。下水がそのまま海へ排出される現状や、生息する竹の群れなど、都会から離れた島な らではの生活基盤と自然の姿を丁寧に汲み取り、風呂の湯のつくりかたなどにも反映させた。
こうした能作氏の姿勢は、2010年に設計事務所を立ち上げた時代背景と無縁ではない。「翌年3月に東日本大震災と原発事故が起こり、それまで信じてきたものが揺らいだ。何のために建築はあるのかと考えていくところから、もののネットワークやもののエコロジーに目を向けるようになった」と能作氏は振り返る。
講演後の質疑でも印象的なやりとりがあった。能作氏が現在興味を抱く対象に、廃棄物があるという。ゴミの定義とは何か、ゴミとみなされているものも場所を変えれば活用できる可能性があるのではないか。あえてダーディーで素朴なものを建築に置いていると話す能作氏の取り組みの背後には、「現代の日本はクリーンであることに卓越し、すべてが明るく清潔だ。こうした状態に慣れた結果、私たちはクリーンでないものを排除しているのではないか」という問いかけがある。