【第196回(2021/6/15)】「時代の始まり」
建築家フォーラム第196回の講演者は秋吉浩気氏(VUILD株式会社)。今回の幹事、手塚貴晴氏が秋吉氏を初めて知ったのは、2020年のグッドデザイン金賞を受賞した「まれびとの家」だった。このときの印象について、手塚氏は次のように語る。「一見すると小洒落た合掌造りのモダン建築でしかない。しかしよく見ると旧来の嵌合結合とは全く違う。木材加工から設計施工に至るまで全てをITの力を駆使して見事にまとめ切っている。上の世代である私たちはもう時代遅れなのかもしれない」。
このように言わしめる秋吉氏は1988年生まれの32歳。2015年に大学院を出た後、知人に依頼された家具やイベント什器などを作製しながら、徐々に自分でつくれるものの領域を広げていく。2017年に現在のVUILDを設立。建築系の会社ではあるが様々な分野の事業者が出資をしており、その業務は多岐にわたる。現在の主な事業は3つある。
1つ目は3D木材加工機「ShopBot(ショップボット)」の販売だ。 1995年にアメリカで誕生したShopBotは、パソコンで木材の加工を数値制御し、データを入力すれば本格的なデジタル木工をすることができる。現在、国内では約70台が稼働中だ。
2つ目がデジタル建築のノウハウを生かし、一級建築士事務所としての建築物の設計のほか、施工までを扱う。そして3つ目はデジタルデータを扱える仕組みを提供するため、「EMARF(エマーフ)」というソフトの開発だ。「EMARF」は、家具から建築物に至るまでの木製品のデザインからパーツに加工するまでの工程をオンラインで完結させるクラウドサービス。CADと連動させることで、加工シミュレーションのほか、製造費用の見積もりが算出される。
「VUILDが展開している『ShopBot』と『EMARF』があれば、誰でも自分が好きなように家具を設計してつくることができる。データを共有すればどこでも同じ形状が出力できる。たとえばどこかの地域が自然災害に見舞われたら、全国に分散している約70台の『ShopBot』で仮設住宅の部品をつくる、ということも可能だ」(秋吉氏)。
こうした事業に対する、自分の立ち位置について、秋吉氏は、「アーキテクト」と「メタアーキテクト」という表現を用いる。「ひとつの視点に没頭していくということは自分の性格的にも合わない。いわゆる建築作家とは対極にあるような起業家のような人物像を持ちたい。設計の外側で政治、産業、流通、を変えていく『メタアーキテクト』が自分の本業だと考えている」と話す。
講演では、「まれびとの家」以降の近年の取り組みについてもレクチャー。2020年4月には「Shopbot」を2台導入して神奈川県に自社の工場を設けた。住宅、非住宅ともにさらに意欲的に自社のものづくりの領域を拡大し、新たなシステム、新たなサービスを生み出そうとしている。
手塚氏からの「これから建築産業は変わりますか?」という問いに、秋吉氏は「変えようと思ってやっている。徐々には変えられる」と回答。「『ShopBot』や『EMARF』のようなデジタル技術によって建築のパーツを設計者自身がつくれる環境が実現したことで、無駄な流通、無駄なコミュニケーションなどはある程度は取り払えるようになる。素人であってもある程度のクオリティのところまでは建築にコミットすることができるようになる」。
既存の「建築家」の範疇では到底とらえられない「メタアーキテクト」としての秋吉氏。「こういう存在は自分たちの上の世代にはいなかった」と話す手塚氏に、「自分たちの世代にとってはリーマンショック東日本大震災を経験したことは大きい」と説明する。「リーマンショックによって経済成長の果ての破綻を体験し、震災によって中央集約型の既存の社会構造のメッキがはがれた瞬間を目の当たりにしている。多くの同世代が、どうやって社会と接点を持つか、どうやって世のなかを変えていくかという意識を強く持つようになったと思う」と秋吉氏。
こうした秋吉氏の姿勢について、手塚氏は「いままで3D技術を使おうとした建築家はたくさんいた。でも、自分のつくりたいものを3次元で作るというところまでが勝負だった。秋吉氏は自分の作品のために技術を使うのではなくて、何が世の中にできるかということを考えているところが根本的に違う」と評した。
既成概念にとらわれず、次々に新しいシステムと「つくりたいもの」を作り出していく秋吉氏。自らに課していることは、「前年を超えること。積み上げること」と、「世の中をどうやって変えるかというビジョンと決意を掲げ、ロードマップを描いて進んでいくこと」だという。この愚直さこそが、多くの出資者やクライアントから共感を集め、支持される理由なのかもしれない。