【第151回】「設計者選定を考える」
2016年6月21日の第151回建築家フォーラムは、群馬県富岡土木事務所の新井久敏氏が登壇した。
群馬県内では1998年開催の「妙義山公衆トイレ」を皮切りに、県や市町村、学校法人が主催する設計コンペ・プロポーザル(以下、コンペ)が相次いで行われてきた。これらのなかから、中里村庁舎(開催:2000年、最優秀者:古谷誠章)や日本建築学会作品賞を受賞した富弘美術館(2001年、ヨコミゾマコト)、上州富岡駅舎(2011年、TNA武井誠+鍋島千恵)など意欲的な建築が数多く生まれた。
県の職員である新井氏は、公務の枠を超えた支援活動を通してこうした設計者選定システムの育成と運営に携わってきた。今回の企画・進行を担当した手塚貴晴氏(幹事)は、「公共建築の事情を大きく変えた人」と新井氏を紹介する。新井氏は、活動の背景や導入した設計者選定システムの特徴、今後の課題などを総括した。
公共建築の設計者選定のほとんどが入札という実態のなか、数少ないプロポーザルでも誰がどのように選んでいるのかがよく分からない。新井氏の取り組みは、そんな疑問がきっかけで始まった。非公開の情報が多いことが原因のひとつと考えた新井氏は、審査委員や提案書、審査の経緯や選定理由などまですべてを公開しようと試みる。
小規模な公衆トイレの指名コンペを手始めにいくつか実践を経た新井氏は、「従来の発注ルールを変えるのは難しく、なかなか思うようにコトが運ばない」と実感する。そこで県内市町村の首長に直接働きかけ、理解を示してくれるところに対してコンペの要項作成や審査会の運営サポートなどの支援を行うようになった。
コンペ運営のポイントは4つある。すべての内容が開かれていること、専門家が審査すること、市民の声を反映すること、できるだけ参加報酬を支払うことだ。3つめの市民参加は、市民の声を反映させると建物の質が高まるという点に加え、市民自身が計画に関わることで施設に対する理解が深まり、完成後の建物に愛着を持つようになるというメリットを生み出す。「専門外である市民が案そのものを選ぶのは難しいが、市民の声を聞くプロセスは必要」と新井氏は話す。 コンペの対象は県から国内へと広がり、国際コンペとなった前述の富弘美術館では1200点以上の応募作が集まった。
一方で、町長交代によって計画が中止となった「邑楽町庁舎+多目的施設」のように、完成に至らなかった事例もある。「市民参加する人数は限られるので、いくら広報しても、無関心な市民を含めて思いを共有していくのは難しい」。そう語る新井氏は、「審査員がプロジェクトの進行に関与するなど、発注者の属人性に頼らず継続できる仕組みづくり」の必要性を示唆する。
新井氏の講演を受けた参加者の意見交換も活発だった。途中で止まるプロジェクトが最近増えているがどんな状況であれ完成に導く資質も大切ではないか、コンペの仕組みを定着させるには審査員をきちんと処遇する必要がある、何百倍もの競争率のコンペに無償で参加する建築家は外部から「好きでしている」と思われ自己の価値を毀損している、考えていることを頭の中でまとめられる公募コンペはその時ダメでも次につながるのが良いところ…などなど、率直な意見が相次いだ。
思えば、前身の「建築家倶楽部」時代から初期の建築家フォーラムを支えた近江栄氏(初代代表幹事)は、幅広く公平に設計者を選定するコンペの実現に尽力した。そういう意味でも今回は、建築家フォーラムにふさわしい熱気を帯びた内容だったと言えるのではないか。