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【第142回】「アジアの水と建築」

2015年7月21日の第142回建築家フォーラムは、話し手に武田光史氏(日本工業大学教授/武田光史建築デザイン事務所)、聞き手に奥山信一氏(建築家/東京工業大学大学院教授)をそれぞれ迎えて開かれた。2部構成の前半では、「アジアウォッチャー」を自認する武田氏が、これまで訪れた東南アジアの街と建築を紹介。後半は、武田氏の自作について語った。

武田氏は助手時代を含め13年間、東京工業大学の篠原一男研究室で過ごした。「篠原先生から一目置かれ、何かあると意見を聞かれる存在だった」(企画・進行役を務めた幹事の安田幸一氏)という武田氏は、36歳になると研究室を離れて東南アジアへ旅立つ。

インドネシアのカリマンタン島(ボルネオ島)、ジャワ島、スマトラ島など、さらにはマレーシアといった国々で水辺の集落を巡った。後にイスタンブールやタイ、カンボジアやベトナムも訪れた。これらの地域では、住宅はもちろん、教会や学校まで川の上に浮かせてつくった例が珍しくない。旅を通じて武田氏は、屋根の雨水をドラム缶にためて利用したり、調理や排泄を同じ川辺で行ったりするなど、水と近しい人々の生活風景を興味深く観察した。「水はどのような形にも変様する。水と建築の関係も場所ごとにそれぞれ違っているのが面白い」と、水の街の魅力にのめり込んだ。

1年の放浪を経て帰国後、「七尾の住宅」の依頼を受けたのを機に、武田氏は設計の世界に舞い戻る。話の後半では、焼酎蔵として有名な黒木本店(宮崎県)の尾鈴山蒸留所や本店まわりの増築計画、都内の複合ビル、バリ島のレストランなど、幅広い自作を紹介した。現在は、基本設計を手がけた北陸新幹線の飯山駅、全体監修を行ったJR指宿線の谷山駅などの計画が進行中という。

武田氏の設計する建築は、師・篠原一男氏が探求した研ぎすまされた空間とは一線を画し、骨太で大らかな印象を与える。聞き手の奥山氏や企画者の安田氏にとっても、そのギャップは関心の的となっていた。

武田氏は言う。「建築は社会から自立した存在であるという欧米的な美学ではなく、自然と建築が共生するアジアの風景に共感を覚える。私にとって建築は芸術作品として目指すものではなく、もっと『蓋然性』の高い存在。設計する際には、なるべくシンプルに解こうと考えている」。

例えば「形はまだ恣意的だった」と振り返る七尾の住宅でも、考え方は与条件に素直に向きあったものだ。営利駐車場を配した1階部分に、車1台が入る2.7mスパンでRC造の柱を並べ、高床の木造住戸を持ち上げた。曲面状の屋根の傾斜は、隣接する川に積雪を落とす狙いがあった。尾鈴山蒸留所では、「人が働くケミカル棟」と「微生物が働くバイオ棟」の2棟に分けて、板壁の高くて明るい空間と土壁の低くて暗い空間として表現した。

これまで、自作について語ることを拒んできたという武田氏。その設計姿勢に流れる一貫した意思をかいま見られる話だった。

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